「時を想う時計」

以前、「箱を作ってくださいませんか」とご依頼がありました。寸法と「青」という色だけをお伝え下さいました。一枚の染紙が浮かびました。
"宇宙にある地球"を思うような青い紙。それまでにいただいておりましたその方からのお心の込められた美しく短い言葉の数々は、私にとりまして染紙を見る感じに似ています。その方からのご依頼でしたので、"今までに紡いでいらした言の葉を収めておくお箱かな"と思い巡らせながら手を動かし、とても美しいお箱に仕上がりました。
お引き渡しのさいごにお尋ねしました。「実は、いつか私の骨壺を納めてもらうためのお箱です」
幾年が過ぎ、直さんがアラスカで旅をされた時に生まれた染紙の前で彼女がおっしゃいました。「今度は時計を作ってくださいませんか」アラスカの紙の中で私は考えます。"時計…直の紙で私が作る時計…正確な時刻を知るためではなく、時を想うための時計であってもいいのかな…"
海、山、水平線、地平線、空、雲、風、光、星の瞬き、草葉、目に見えるもの、見えないもの、聞こえる音、聞こえない音、そのようなものが静かに脈々と続いてきた。そしてこの先へと続く、その間を生きる、今、ここ。紙はそう話したように思います。気持ちよい時間が流れてほしいとただ願いました。
今年の夏、直さんはスペインとの国境近くポルトガルの小さな村にいました。
『いい場所で、節目の日を迎えたと感じています。この村の形は、舟の形をしています。三千年、いやもっと前から人が住み続けている所。時の海を航海している舟のようです。この時を与えてくれている宇宙に地球にすべてのご先祖に感謝です。いい舟に乗ることができました。』
そのように感じながら染められた紙は、その思いを持つことと思います。それが目に見える形で残らずとも、耳を澄ますと、紙はその言葉を話してくれるように思います。

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